広島高等裁判所 昭和35年(ネ)89号 判決 1960年7月26日
控訴人(原告) 防府土木株式会社
被控訴人(被告) 国・防府税務署長
訴訟代理人 森川憲明 外一名
原審 山口地方昭和三三年(行)第五号(例集十一巻三号51参照)
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人等は被控訴防府税務署長が昭和三三年三月三一日附を以て控訴人に対しなした昭和二九年分及び昭和三〇年分各源泉徴収所得税の納金額を前者につき金一一〇、一〇〇円及び後者につき金九四、七五〇円とする旨の告知処分が無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、控訴代理人において「原判決書第二葉表六行目金十一万円とあるのは、金十一万百円の誤りであるから、右の様に訂正する。」と述べた外は、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
理由
一、被控訴国に対する訴の不適法であることについて。
当裁判所の判断は、原判決理由一、に記載せられたところと同様であるから、これを引用する。
二、訴外田中忠雄に控訴人主張の如く給与所得がないから、同人に納税義務がなく従つて控訴人は源泉徴収義務を負担しない旨の控訴人の主張について。
当裁判所の判断は、原判決理由二、(一)、(二)(1)記載の通りであるからこれを引用する。
三、控訴人には田中忠雄に対する給与支払の事実がないから源泉徴収義務がない旨の控訴人の主張について。
控訴人の田中忠雄に対する昭和二九年分五四〇、〇〇〇円及び昭和三〇年分金五四〇、〇〇〇円の各給与支払債務はすでに確定し、その支払わるべき給与額は所得税法にいわゆる給与所得として同人に対する課税の対象となるべきものであることは、原判決理由二、(二)(1)に判示せられている通りである。そして、成立に争のない乙第二、第三号証によれば、田中忠雄は昭和三二年三月三一日附の昭和二九年分の所得税の確定申告書において給与所得として金五四〇、〇〇〇円、控除さるべき源泉徴収税額として金一一〇、一〇〇円、差引申告所得税年税額として金四六、四〇〇円を申告し、また同日附の昭和三〇年分の所得税の確定申告書において給与所得として金五四〇、〇〇〇円、控除さるべき源泉徴収税額として金九六、一五〇円、差引申告納税額として金四五、二〇〇円を申告している事実を認めることができる。成立に争のない乙第一、第四、第七、第八号証、原審証人佐戸丈夫の証言によれば、田中忠雄はその後昭和三二年八月二七日に至り控訴会社の取締役会において、前示昭和二九年分及び昭和三〇年分の給与請求権を放棄し、他の取締役全員がこれを承認したこと、控訴人は昭和三〇年度及び昭和三一年度の貸借対照表において田中忠雄に対する右給与支払債務を未払金として貸方に計上していたが、右の通り昭和三二年八月二七日に至り田中忠雄が右給与請求権を放棄したので昭和三二年度の貸借対照表において右債務相当額を未払金の項目より削除し、同年度の損益計算書において右金額を雑収入の中に計上したことを認めることができる。ところで、所得税法第三八条によれば、給与所得の支払をなす者は、その給与の支払の際同条所定の税額の所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までにこれを政府に納付しなければならないこととなつている。右にいわゆる給与の支払は、現実の支払のみならず税法上支払と同視し得べきものをも指すものと解するのを相当とする。前示認定の通り田中忠雄の右二年分の給与所得が課税対象として確定した以上、控訴人の右給与所得税についての源泉徴収納付義務はすでに潜在的には確定し、ただその始期が同条所定の時にかかつていたものと解すべきものである。しかるに、その後同人が右給与請求権を放棄したために、控訴人は右給与の支払義務をまぬがれ、その結果右債務相当額を雑収入として計上することになつたのである。すなわち、右放棄により控訴人の同人に対する前示給与支払債務は消滅し、将来右給与の現実支払という事実は発生し得ぬことに確定したのであから、右給与債務の消滅という点において右放棄は同条にいわゆる支払と同一視すべきものであり、同条所定の期限は右放棄により到来したものと解するのを相当とする。
従つて、控訴人は右放棄のなされた昭和三二年八月二七日の翌月たる同年九月一〇日までに、右二年分の給与に対する所得税法所定の税額の所得税を源泉徴収し、これを政府に納付すべきものである。しかるに、控訴人が右納付義務を怠つたため、被控訴税務署長は所得税法第四三条に基ずき昭和三三年三月三一日附を以て控訴人に対し本件納税告知処分をなしたものであるから、本件告知処分は何等違法ではなく、これを無効とする控訴人の主張は理由がない。
しからば、本件告知処分の無効確認を求める控訴人の本訴中被控訴国に対する訴は不適法としてこれを却下し、被控訴税務署長に対する請求は理由のないものとしてこれを棄却すべきものである。原判決は後者の請求に対する判断につきその理由を異にするけれども、結果において相当であるから、本件控訴は失当としてこれを棄却すべきものである。
よつて、訴訟費用の負担につき民訴第九五条、第八九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 岡田建治 佐伯欽治 松本冬樹)